木村克己の「サケのカイセキ」vol.2
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ー私見カクテル学ー
 酒の効用についての話。「酒のカイセキ」vol.1で皆さんに酒を飲む事は夜中の日光浴であり、内的旅行であると申し揚げました。このことは、ワイン・日本酒・ビール等とブランデー・ウイスキー・
スピリッツ全般に当たります。そして、これらの酒類同志、或いはジュースその他の副材料を用いて調合されたカクテルヘと、移行する事ができます。
さて、物事すべて表に現れる「陽」の部分と「陰」に控えた本音の論理との両面が裏表一体となっておるのは自明であります。そこで、拙論でありますが、商品としてではない「カクテルという現象」を通して、酒のありようを考えてみたいと思います。
カクテルの存在意義 まずは巷間に百花繚乱、あふれるカクテルとは何ぞや、その存在が広く、時代と地域を越えて許されている理由とはいかなるものか。その様相を解析してみましょう。
その第一義は『まずい酒をうまくする』ということにつきる。
 こりゃ断言できます。だって、あなた産地特性や唯独な魅力をたたえた酒は、それ単体のみで賞味されるべきでしょう?つまり単独で味わうには、ちょっとばかり何かが欠落した酒に、補充しえる物質や労役を加えて、より価値ある飲料に変容させようという訳です。
ですから、混ぜ合わせることによって、ただ、色がキレイになるだけとか、より劣らせる事は無意味以下であります。ここで、月年単位の時間をかけての変化や熟成を待つという作戦もあるのですが、これは別の機会に廻しましょう。
第二に、上記水平線上に『マスキング効果を期待する』が挙がってきます。
 これは件の酒に対して、甘味、酸味、ガスの他、より強度を持つ材料、デコレーションを添え、施すことによって、本体の欠点を目隠しすることです。更に熱する、逆に水温近くまで冷やすなどによって、味覚上に起こる反応点を、ずらす、バランスを変える等の作業を伴い、
イフェクトを倍加させます。
第三に『薄めることによる相対価値の向上』があります。
 これは乳酸飲料原液を水で割ることを例にとれば理解できましょう。つまり、保存、流通、スペース上、その他抜き差しならない事情により、濃く仕上けた酒に何らかの流動物を交えて薄め、その酒の香り、味わい、後に続くフレーバーをより明確にさせ、身体に対する異和を減ずる処置であります。
溶けゆく氷によるステアやシェイクは、水割り、炭酸割りの特化した技術であります。この場合、焼酎甲類をナニヤカヤのモノで完虜なきまでに割り倒した飲料はカクテルとは言わず、
カクテルと称します。
カクテルの存在意義の第四は『第三の味を創成する』であります。
 これは第一から第三の事由に加えて、極めて高度な調理技能と感性がバーテンダーに要求されます。また、相関的必然性もなければなりません。例を挙げますと、マルガリータ。テキーラ、キュラソー、レモン汁、塩による多層構造、かつシンプルなシャキリ感、フンワリ感と密や南国の果物に爽涼さを想起させつつ、ほのかに漂う透明な余韻。
WHY?ジャック・ローズ。別名アップルジャック。カルバドス、レモン汁、ザクロのシロップ。これをシェイクすると、アラアラ不思議、シェイカーの中での瞬間的、連鎖的な反応が、熟したリンゴやリンゴ果樹園を映す、先祖返りを起こした味香を創ります。
もっと挙げれば、ポートワイン、ビターズ、ブランデー、卵黄を激しくシェイクすると、これが見た目も香りも味もコーヒーそっくりのコーヒーカクテルとなります。
WHY?こういった一連の飲み物を私は名付けてマジックカクテルとかバーチャルカクテルと定したいと思っております。
さて最後に第五の意義ですが、これは裏の理屈でありまして「半端物の処理+α」となりましょうか。
つまりバーのカウンター棚に売れ残っている。売れ残っているのだが、規定の料金を頂けない位の半端な量、また商品とするにはちょっと気が引ける盛りを過ぎた酒、余った副材料をとにかく混ぜて形にする。
目茶苦茶にやってみたらウマかったと言う、論理の後付け、ドロナワ滴な色彩が強いながらも、表向きには面白いカクテル。これに第四の理屈が加味されるとスゴイ。ロングアイランドアイスティーがその典型。いろんなスピリッツ類少量ずつとコーラが、
アイス・アッサムティーに酷似してくるんですね。コストと無駄を押さえる英知。
他にカクテルで明白を使った後の卵黄にウォッカ、プレイリー・ウースターソースとタバスコで、プレイリー・オイスターの出来上がり。これが生ガキの味と感触によく似ておるところに宿酔いの特効薬となるようで、全てメデタシとなる次第。これの最もたるのがキールでしょう。
ブルゴニュはヂジョンの市長であったムッシュ・キール作。酸味が強く、薄い辛口白ワイン、
アリゴテ。その辺りの野生果実であった処のカシス。どちらも売れずに困っていた。
苦肉の策として、カシスをシロップにする。リキュールにする。幸いリキュールを作る伝家の技があったので、双方、混ぜ合わせたところ鮮紅色に輝く、ビタミンCがたっぷりの世界的な食前カクテルが誕生した訳です。
このように人は発見し、困難を逆手にとり、工夫し、サヴァイヴァルしてゆく。そんな縮図がカクテルに投影されているのではないかと考えています。 
日本ソムリエスクール東京校長木村克己