桂史戯言vol.2
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「MACALLANは故郷!」
「酒場」という、ちょっと作法の厄介なトコ口に、なかなか自分の居場所が見つからない日は、
「スコッチウイスキーのボトルを見っめていればいい」と"ある人"に云われた覚えがある。
グラスの中の氷を揺らしながら少し小首を傾げて、回心なく人の声に体を漂わせる・・そこで聞こえる他人の会話が心地よい波のように耳に響いてくる・・。僕の頭の中には"その人"の言葉が思い出せる一「頭の中に何処かの景色がタップリと広がってくるものだ」。
……何処カノ景色ッテイウノハー体ドコナングロウ…。
でも僕はその時間いた場所をすっかり忘れてしまっている。いつも酒を飲んでいる時って云うのは、どこかヘココロが飛んでいってしまっているか、誰かほかの人と時間を共にしていたいと思ってしまうもんだ。。この酒が、「泡盛」なんかだと、ターコイズブルーからマリンブルーに蒼く輝く沖縄の海だかシーザーなんかが見えてくるんだろうし、「吟醸酒」だと、ニュートラルグレーからクールグレーまで微妙な灰色を重ねた日本海の海が見えるどこかの温泉宿で、炬燧にでも入って雪でも見ているんだろうか。
そういえば坂本龍一が作曲し、糸井重星が作詞し、前川清が歌っている「雪列車」ってのがあるんだけど、これだと「純米酒」の熱燗になってしまう。
同じ日本酒でもこちらは輝く真っ白な雪・・、温かささえ感じさせるピュアホワイトの雪深い町の景色が見えてきたりする。じゃあ、「バーボン」だとどこの景色かというと、アメリカの乾いた空気の片田舎の町の景色…、と云いたいところなんだけど…。熱帯雨林の暑くねっとりとした湿度の中、カドミウムレッドやリップスティックオレンジの原色の花が咲き乱れる景色が浮かんできたりするから不思議なんだ。
 さてそろそろ本題に取り掛かろうか・…。マッカランのボトルに見えるトコロってどこなんだろう?僕に見える風景は、北陸のある町の早春の川縁なのかもしれない……。風はまだまだ冷たいけれど、
前にうまいものはうまい!ついこの前までは手の届きそうな所まで低く垂れこめていたダークグレーの厚い雲が、徐々に手の届きそうもないところに上っていき、そこから柔らかなぺ一ルピンクの陽の光が射し込み、春の訪れを告げる、足元には雪が残っているけれども、その雪をかき分けて草や木の芽が顔を出し、新しい何かが生まれる予感…、懐かしいような、なぜが少し胸が痛むような、そんな景色が僕の頭によみがえってくる。
これっていうのは決してスコットランドのスペイ川なんぞではないのだ。それはきっと、飲む人の心の奥にある一番懐かしいトコロなんじゃないかなと思う。
他のスコッチでは味わえない深く心に響く本当に懐かしい香りが想い出とともにやってくる。それがやさしくて強いSherryの香りの魅力なんだろうか・…。
実はマッカランっていうのは、ボトルネックのところに[MATURED IN SHERRY W00D」って書かれているようにシェリー樽の中でAgingをしているから、しっかりシェリーの香りがするスコッチになっている。(これは、ここだけの話なんだけど・・・ということもある。)これの飲み方ってのが、ひと工夫必要で、そしてその工夫がとびっきりの至福の時をもたらしてくれるっていう訳なんだ。まず、マッカランはちょっと深めのグラスにたっぷり注ぎ、その上からティースプーンに一盃くらいの水を加えてクルリと回して少し待つ・・。
そしてそのグラスを鼻先に持ってくると思いっきり素敵な香りがしてくる。このスコッチは、決して水割りなんかでやらないで欲しい。
もちろん水割りやオンザロックでもおいしいウイスキーってのもあるんだが、マッカランだけにこのとっておきのやりかたでやって欲しいもんだ。
僕の周り、半径5mの円を描くように、スコッチ、バーボン、ラム、ビール、ワイン、日本酒とずらっと世界中の酒瓶を並べて、一口づつ味わってみることにしよう。もしかしたら空間や時間を自由に行き来できるかもしれないから・・。太陽の昇らない一日中夜の北極の街のオーロラや、目もくらむような高さの樹木を渡る虹の影、そんな世界中の景色を見てみたり、過去の自分がいた時間に戻れたりと、僕は空間や時間から解放される…・。
きっと何万光年も離れたM16星雲にも行くこともできるだろう。
(それを他人が見たらただの酔っ払いというのだろうけど・・)
マッカランは、僕にそんなとびきりの夢想を抱かせてくれる極上のスコッチなのだ。
to be continude...