桂史戯言vol.7
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晴れた日にはSlow Food
それは、冬の凍りつきそうな風がようやく和らいで、ほのかに沈丁花の香りなんかがが漂ってきて、寒さに辟易していた体のあちこちから元気の芽がでてきた早春のことだった。ある夜、遅めにいつも出かけていく「H」というBarのカウンターに坐って『Habana Club』を飲っていると、突然思いだしたように隣に坐っていた友だちが、
「スローフードって聞いたことがある?」と言い出した。その言葉がキッカケで、その日もありとあらゆるサケを飲ってしまう事になるのだが、とりあえず最初は友だちの話に耳を傾けていた。「最近やたらいろいろなところで耳にするようになったけど、この『スローフード』ってことばの意味は何だろう、
直訳すれば『ゆっくりした食物』だし、ナマコかエスカルゴでも食べることなんだろうか・・・。」黙って聞いていると、友だちの妄想は止まることを知らず、「ゆっくりスローモーな動きでどれだけ長く1つの食物を食べ続けれるかもしれない、いや待てよ・・・、ひょっとして、一番ゆっくりと歩く牛を食べるってことかね?
いやいや全人未踏の未開の地に“スロー”なんて一族がいて、彼らが神々に捧げる、生け贄のことかもしれないぞ・・・。」そこで僕が口を挟んで、「それなら英語っていうのも変だね、
例えば“△●×:□”とか“カプチンタレマ”とかさ、不思議な音の方がいいんじゃない?」と
友だちは「あっそうか、食べると動きが遅くゆっくりになる、そういう類の食べ物なんじゃない?」「これはきっとそれを密かに売りさばいている秘密組織があって・・・」その時、一瞬、ボクはギクリとした。畳みかけるように友だちが続けていった言葉にボクは体が固まってしまった。「それでさあ、組織の印なんかあって、例えばカタツムリだったりして・・・」「・・・・・・・・・・・」 
ここでとうとうボクは白状しなければならなくなって、「あのね、それってね」
「うんそうだ、絶対暴露してやる!」いやそうじゃなくてね」「大丈夫オレが何とかする!」
「ちょっとね・・・」あれから『Habana Club』が1本開いているし、何やらインカ帝国から生き残っているような瓶のテキーラ『オルメカ』までが、そろそろ空になりそうになっている。酔って“正義の味方”になってしまっている友だちに何とか「スローフード」のことを話しだしたのは、夜明けが近いころだった。
「スローフードってさ、いまみんなちょっと食べているものに怪しいものってあるじゃない。例えばハンバーガーとかさ、“ファストフード”っていわれるやつなんだけど、本当に忙しくて時間がないから“ファストフード”ってのはいいとしても、休日に並んで“ファーストフード”を待って食べているなんて少し変じゃない?それにさ、少しの違いはあるにしても世界中で同じような味の食べ物っていうのもおかしいんじゃない。それでさ、イタリアの田舎の“ブラ”ってところでカルロ・ペトリーニというイタリア人が、こんなんじゃこれから世の中大丈夫?ってことで、10年位前に始めたのが『スローフード』っていうNPOなんだよ。」
「えっ、何?そのNPOってのは?」
「NPOってのは、Non Profit Operationっていって、
国によってワイン、テキーラ、ラム、スコッチ、バーボン、ビール、日本酒、焼酎etc.・・・。それが地域によって味や香りがまた違う、そんないろんな香りや味が画一化、均一化していくことをしてていいんかしら?というのもスローフードの基本テーマなんだよね。」「それで、やっぱり10年くらい前に、パリのオペラ座で『スローフード宣言』を発表し、現在応援している人が、
7万人を超えているってこと。ちなみにスローフード宣言はチョっと堅苦しいけど“スロー・フードな食卓からはじめよう。ファースト・フードの没個性化をよそに郷土料理の風味と豊かさを再発見しよう。”というので、そして3つの指針というのが、
1. 消えてゆく恐れのある伝統的な食材や料理、質のよい食品、ワイン(酒)を守る。
2. 質のよい素材を提供する小生産者を守る。
3. 子供たちを含め、消費者に味の教育を進める。
という3つのものなんだ。要するに食と食材の画一化、均一化って、文化すらも危うくすることだからさ、ちょっとその辺の食生活や食材についてもう少し関心を持とうよってこと。それに、体に良いから、悪いからって食べ方をしてたら、続けられなくなっちゃうから、おいしいものをちゃんと食べようってことでやっているのがSlow Foodなのさ。」
To be continued...